あさりおん

江戸時代の森との共生システムがこれからの日本を救う

森と家

森と日本の伝統家屋

かつて豊臣秀吉が天下を平定し、戦国の世が終わり、荒れ果てた日本。そのため復興の喜びに沸き、多くの建物が建てられました。それが江戸の世に代わり、さらに多くの城や神社、諸大名の家々が建てられました。

そのために木々が伐採され、森が荒廃し、山々が尽き山と呼ばれる禿げ山状態に、そのために水害が度重なり、飢饉が村々を襲いました。そのとき、幕府と諸藩と民たちが力を合わせて森の再生に立ち上がったそうです。 木材が高騰し経済的に負担がある事が分かっていても、森を守る事を決意しました。争いが起こり、飢餓に耐え、諸藩は蓄えさえも放出して森の木々を守ることにしたそうです。

50年の間、一本の木さえも伐採を厳しく禁止するところから初めて、森を守るシステムを造り上げたそうです。 こうして江戸時代の人々が作り上げた森の文化が現代の森も守っているのです。それは環境にあらがうのではなく、共生し活用するシステムです。昭和から平成を迎え、その日本独自の森と共存する文化が失われかけています。その結果が夏の水害と花粉症です。それをもう一度再生し、世界に伝える、それが地球の森の再生につながると考えます。

次ページへ

世界の森と日本を救う、土壁と伝統構法の家造り

まず下から若い二人が重い梁を持ち上げます。
まず下から若い二人が重い梁を持ち上げます。

このチャレンジは我が家にとっても大きな負担で、困難な事です。しかし、『日本の木で家を建て、日本の森と世界の森を守ろう!』という柄にも無いビジョンからこの家造りを始めました。こうした家造りが広がって、日本全国の様々な建物が伝統構法で建てられる時が来ると、若い職人さんたちの腕が磨かれます。すると働きに見合った給料で仕事ができます。若い人々の希望になります。美しい建物が観光客を呼びます。政府の目指す観光立国も夢じゃないはずです。

江戸の昔、大工も左官も職人たちはアイドルで花形商売だったそうです。棟梁こそが(たくみ)と呼ばれるにふさわしい職業なのです。 それを見て多くの外国の方が私も学びたいと思うでしょう。日本の森が再生した事を知ると、私たちも教えてくれと言って来るでしょう。実際に日本には世界の森を再生している素晴らしい学者やスタッフが大勢おられます。伝統構法を学ぶ外国人も既におられます。

若い人たちと言えば、我が家の新築工事を担ってくださる大工の都倉さんと3人のお弟子さんたちの仕事を見学していて気づいたのですが、仕事中、棟梁が指示する怒鳴り声が無いんです。一つ一つの仕事が終わって、次の仕事に入る時、誰も指示を仰いでいないんです。自分がする次の作業が何なのか、体が分かっている感じです。若い人々にちゃんと技が伝えられていっているのです。

未来の世界の森を救うのはいま伝統構法を守っている若い大工さんと、森で木を育てている若い杣人たち、化学物質に頼らない自然豊かな農業を担う若者たち、そしてそれを選ぶ私たち消費者なのでしょう。 こんなに壮大なビジョンを抱いて始めた家造りです。市井(し せい)の名も無い夫婦の無謀な試み、みなさん応援してくださいね。また、共感してくださる方、ぜひ見学に。環境に優しいだけでなく、気持ちのいい、人にも動物にも植物にも優しい家に遊びにきてください。

とても優しい家だという事は建ててる最中から実感してます。工事現場の音や香りがいいんです。町家大工都倉のみなさんたちがこの文章に掲載した写真の柱と梁の美しい家を建ててくれています。 幸せで豊かな暮らしをしながら、地球に優しい、環境を守る暮らしが出来るなんて、ちょっととても得した気分。何千億ものお金を持っているよりも幸せな気分だと思います。

次回は「大切な森が消えていく時代 なぜ江戸に学ぶのか」を掲載します。原稿を書いていたら、間にいくつかテーマが入ってしまいました。「なぜ江戸に学ぶのか」はもう少しあとで掲載します。すみません。

モバイルバージョンを終了