もう捨てられてたまるもんか!

捨て犬マーチ!


ある朝、父が庭に出てみるとすぐ前の空き地に何やら黒いゴミ袋が無造作に置かれごそごそと動いていた。

父が恐る恐る近づいて開いてみると、中には白と黒のブチ模様の雌犬が入っていた。ゴミ袋の口は閉じられていた。窒息しなかったのは呼吸が出来るように空気穴があけられていたせいだろう。当然のことながら年齢は不詳。仔犬というには大きいが、成犬という程ではなかった。当時、我が家にはジョンという名の雑種の雄犬がいた。ジョンはタウン誌で仔犬の飼い主を募集していた人から父が直接譲り受けてきた犬だった。

父はそのごみ袋を開け、かわいそうに思ってジョンといっしょに餌をあげてしまった。父の心の中ではもしかしたら飼ってやりたいという思いがあったのかもしれないが、母は「二匹も犬を飼えないよ。」と言った。元々うちの犬ではないし、捨てた人が悪いのだからどこかへ連れて行って置いてこようということになった。こういうことは普段から犬の世話をしている母親の意見が通ってしまうのはどこの家庭も同じだろう。そうして、母と私は、買い物に出かけ、喜んでついてくる彼女を途中でまく作戦に出た。少し良心が傷み、可哀想にも思ったが心を鬼にしてまいた。しかし、母と私が帰って来た時、すでに彼女は家に戻っていた。

尻尾を振って私達に近づいてきた。「どうしたの?遅かったね。」と、笑っているように見えた。

それで母は父に対し、「オートバイでもっと遠くへ捨てて来て欲しい。」とまた頼んだ。父は内心、捨てるのは気がすすまなかったのだろうが、しぶしぶ自分のスーパーカブの後ろに箱をつけ、そこに彼女を入れて我が家からずいぶん離れた和歌山の県境にまで捨てに行くことになった。

しかし、またしても、何日か後にボロボロ、どろどろになって我が家に戻って来た。その姿を見て、反対していた母が真っ先に「ここまでするのだから、もう飼ってあげよ」と言い、「パパ、わざと段ボールの箱を閉じずに連れて行ったでしょ」と言った。

父は何も答えなかった。きっと図星だったのだろう。 そうして、彼女は我が家の一員になった。「もう捨てられてたまるもんか!」という健気(けなげ)さでその座を獲得した。ゴミ袋に入れた人の所に戻るのではなく、こちらの家を家族と考えてくれたような気がして子どもの私は嬉しかったのを覚えている。

父は彼女にマーチと名付けた。三月に我が家の前に捨てられていたからである。

我が家ではオスの犬しか飼ったことがなかったが、メスとはこんなものかと思う程、マーチはおとなしくていい子だった。お手も、お座りも、待てもすぐに覚えた。決して、人を噛んだりしない、従順でいい子だった。外で飼っていたから、あまりかわいがってやれなかった気がするが、それでも十分に幸せそうだった。

マーチは10年ほど生きて、我が家で静かに息をひきとった。

マーチに初めて餌をあげた父ももうこの世にいない。二人が天国でいっしょにいれたらいいなと、ふとした瞬間に思い出す。


Be the first to comment

コメントはこちらに

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください